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軽井沢ツーリング。ペンションシルバーストン宿泊。

かなりバイク趣味に振った内容で失礼します。とても思い入れのあるペンションへ3年ぶりに泊まりに行ったものでして、懐かしさ余って文章過多になるかとは思いますが、どうかご容赦ください。帰ってきてから知ったのですが、風景の写真なんてぜんぜん無かったです。まだ紅葉くすぶる群馬の山林、避暑限定ではなくなった軽井沢の交通量、谷を挟んで山並みを見渡す小諸の風景など、写真でお伝えできなくて実に惜しいです。

 

下の写真はバイクの防寒装備のひとつであるハンドルカバーです。ゴールドウィンという信頼できるメーカーの高いやつを持ってたのですが、以前紅葉巡りで一緒に走った友人に貸しっぱなしで、これはずっと前に買った安物を掘り出して洗濯して取り付けたものです。気温5度以上なら無難に寒さを防いでくれます。

DSC_0132 DSC_0133 行きでは高速道路を走ってこのときは黒崎PAで休憩。DSC_0134 DSC_0135 ずいぶん昔に買ったゴールドウィンのウィンターグローブ。ゴアテックス記事ですがすでに耐用年数は5年以上経ってます。DSC_0136 ペンションシルバーストンに到着。奥様の料理はイギリス食メインですが、私が今回宿泊したときは気を遣ってか日本食メインにしてくれました。それでも朝食はパンと卵とサラダという西洋スタイル。いつの間にか習慣となったらしいミルク麹(こうじ)がおいしかったです。DSC_0137 宿泊して翌日にはオーナーと奥さんの用事のお手伝いしました。DSC_0139 帰りにはカインズホームで買い物。クリスマスの飾りつけと照明の電球を買いに行きました。DSC_0140 DSC_0141 二日目の洋食。赤身魚のソテー、二枚目のおナスは味噌みたいなものをのせて焼き上げたものでした。wpid-dsc_01421857560797.jpg 序盤の二皿をこなすと、いよいよここからが本番。私のキャパをどれくらいのものとして想定しているのか、ボリュームは高レベルです。wpid-dsc_0143-1907443411.jpg おなかいっぱいで幸せのところにさらに手作りデザート。お会話で時間稼ぎしながら攻め落としました。wpid-dsc_01441005757203.jpg こっちのデザートも頂きました。車業界では日系人として重大な功労者のひとり、宮川秀之の自伝です。世界一周目指してユーラシア大陸を250ccのバイクで駆け抜け、ヨーロッパで中断。運命の地イタリアで製造機械ビジネスを皮切りに自動車業界への功績を積み上げ、今は娘さん家族と完全有機栽培のぶどう園を営んでワイン造りを家業としてる人です。車好き、バイク好きとしては名の知れたデザイナー、ジウジアーロとの繋がりが深く、日本の自動車デザインにイタリアの造形美を取り入れる架け橋となりました。奥さんとの出会いが運命的で、故人の小林章太郎が当時携わっていた車雑誌の仕事としてイタリア現地で開催されていたモーターショーに写真を撮りながら巡っていたら着物姿でコンパニオンをしていたイタリア女性と出逢い、交際して結ばれたというドラマチックな人です。その数年後にも同じように現地のモーターショーでこんどは日本人同士の組み合わせでまったく同じようなドラマがあるのですが、何を隠そう、このペンションのオーナーさんと奥さんのことなのです。戦後経済の上り坂、自動車産業を主として製造業のリードを広げる車・バイク文化の歴史的な片隅で、このような創作みたいなお話があり得る事自体、何かの思し召しを疑ずにはいられません。wpid-dsc_0146270119990.jpg続いてカワサキの名車Z1の生みの親とも言われる種子島さんの自伝をお借りしました。宿泊中には読み終えることが出来ず、オーナーからお借りして自宅で読み終えました。内容はZ1開発の舞台裏と、種子島氏がアメリカに赴任して現地のビジネスで奮闘したお話です。面白かったのはそのビジネスのお話なのですが、バイクビジネスの難しい話にはついていけず、それでもビジネス英語習得の為に三か月間別の会社でタダ働きしたとか現地の商社から浴びせられた陰口などや現地のビジネスマンとの交流や衝突などなどをハードボイルドタッチの文体で描かれていてとても楽しめました。
カワサキWiがアメリカ市場に投入されたころ、日本はコピー上手で自分たちのオリジナルが無く、低排気量の実用車に強くて趣味性の強い大排気量車への進出にはまだまだ遅れていると評価されていたとあります。まだ4発車の登場を先に控えた70年代初頭、市場調査で得られた理想は舗装路を大パワーで駆け抜ける事よりも、整備性に優れた単純な構造の低排気量車で山や川を駆け抜けるオフロードもでるに可能性があったということでした。対してカワサキ車内ではBSAとハーレーが席巻する大排気量車の市場に切り込むべくZ1の計画が進められ、種子島氏が予見したオフロード車の方はヤマハがXT500、今のSR400の母機の登場によって今に至るということになります。いろいろ面白い歴史を学べて楽しかったです。DSC_0147 DSC_0149帰り道は群馬県から新潟県に抜ける国道17号線を通ろうとしたのですがライブカメラを見ると一変して雪が積もってました。仕方なく栃木県の桐生市から日光市を通って福島県の南会津に抜けるルートを試みたのですが、遊ぶつもりで寄った霧降高原の頂上の六方沢橋が凍結していたので引き返しました。大事をとって那須、白河、郡山まで上がってから49号線を西に走って帰宅。家に着いたのは夜遅くでした。

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