今年の稲刈りはなんとか11月に持ち越すことなくその手前で終えることができました。長かったようで短い気もする繁忙期を終えてこうして写真を眺めて振り返ると収穫期を無事終えることができた達成感を噛みしめる思いもひとしおとなります。
最初の写真は小学校の稲刈り体験の様子です。鎌を使って稲を刈るわけですが、子供に刃物を持たせることでの怪我の危険性を意識せずにはいられませんでした。
子供たちは鎌の扱いに不慣れではあってもすぐに慣れてしまうところが賢いと言うかたくましいと言うか、子供独特の順応性を見せてくれたのは頼もしいものです。

竿に干した稲は後程脱穀して籾摺り・精米の工程を経て子供たちに提供する予定です。

次の写真は農協の倉庫に米4トンを運ぶ様子です。この運送作業を何度繰り返したことか。米の容器を倒すとか道路に散乱させるなど何かしらの事件を一度は引き起こしていたものですが、今年は何事もなく無事に運送業務を終えることができました。長年の付き合いになる日野レンジャーに感謝。

農協の倉庫にお米を運送するルートはずっと同じ経路で、それを何度も繰り返します。同じ事を繰り返すとどうしても緊張が和らいで油断して失敗するものですが、今年は何事もなく終えられてよかったです。

若宮コミュニティーセンターのイベントにて生蕎麦の売り出し。イベントの内容は地元のバンドの人たちによる演奏や踊りなどがありました。

小学生が描いた絵や社会人が描いた油絵による静物画、民芸品、俳句、盆栽、染め物などが展示。外では出店が並び、お祭りムードで雰囲気は盛り上がります。小学生が運営するお店もあり、売れ残りそうな品物をわざわざ売り歩いてさばくしたたかさには関心しました。

稲刈りが終わりに近づきつつあるタイミングでそば刈りも同時進行。複数ある稲の籾タンクのうち一部を残して掃除し、玄そばの受け入れ準備に追われます。
タンクの中の微粒子はマスクをしていても呼吸器に届きます。掃除の際はマスクを二重にして顔を覆い、苦しい呼吸に我慢しながら動き回るのでなかなか辛い作業です。

若宮ばくさくが商品を出品している道の駅あいづ湯川・会津坂下にて今年から新方針がありました。
当道の駅にて販売する米はすべて食味検査をしたうえで検査結果を公表するということでした。
若宮ばくさくのコシヒカリを検査してもらったところ、慣行栽培のコシヒカリで食味値92点、特別栽培コシヒカリで90点を取得しました。
この高得点を取得できた快挙には個人的にもうれしさが込みあがります。また来年もおいしいお米が作れることを目指して頑張ろうとの気持ちが沸き起こりました。

道の駅には慣行栽培コシヒカリを玄米30kg、特別栽培米コシヒカリを精米1kg詰めで販売しております。
オンラインショップでも販売しておりますので、ご注文お待ちしております。
この度は幸運にも、福島県農業賞の受賞となりまして、数多くの方たちから祝辞のお声を頂きました。皆様からの御支持あっての成果であると思い、深い感謝の気持ちでいっぱいです。

事務所にはお世話になってる事業所から頂いた胡蝶蘭が所狭しと並んでます。稲刈りの繁忙期を終えたタイミングで祝賀会を予定してまして、その日に展示するまではずっとこのままになります。

出品先ではお店の許可を頂いて農業賞受賞のポップを表示しました。商品は道の駅あいづ湯川・会津坂下および若松市にある直売所のまんまーじゃにて販売しております。

稲刈りまっさかり。夜は寒く、日中は夏場のような暑さの中で仕事をしています。品種は五百万石、里山のつぶ、チヨニシキから現在はコシヒカリを栽培中。

籾摺り作業と紙袋詰め作業。

機械任せが進んだ現代でも袋を縛るところは人間の手作業になります。そこのところで人間の限界ができてしまうので、結局は機械の仕事は人間の限界に合わせて稼働を落ち着かせることになります。縛る作業も機械任せにできればいいのですが、そこまでするかと問われればよっぽどのことがない以上は導入見合わせとなることでしょう。

去年の春夏にかけて福島民報から頂いた随筆のお仕事の振り返りはこれで最後となります。もうまるまる一年たちました。随筆を書く前にテーマの資料となる本を読んでから執筆するという自分なりの取り決め通り、この時もテーマである只見線にうってつけと思われる本を二冊読みました。しかしいざ書いてみるとテーマは只見線ではなく只見川へとすり替えてしまい、読んだ本の内容も随筆の内容の一割も反映できてないような有様となりました。

この時の文章は自分の趣味であるバイクで走った只見川への思い入れが先行してしまった感じです。執筆を終えてみて自己満足に走ってしまったと自己嫌悪しましたが、民報サロンの担当者からは有り難くもお褒めの声を頂きました。
只見と言えば路線復旧が完了となった只見線の小出~只見駅間の運行の再開です。今月より只見線の電車は11年ぶりに全線を通常運行しております。小さくはない出血と見通しの開けない採算という悲観的な現実が待ち構える中で押し通したこの復旧が、全国的に進むローカル線の廃線ラッシュという世情を覆す力があるのかどうか。私はそれを固唾をのんで見守るのが関の山です。何か力になれるかとの思いを込めてのこの随筆ではありましたが、貢献できたかは知る由はありません。取り合えず、民報サロンの担当者に編集される以前の文章を全文そのままのものをここに掲載します。
あと、只見川沿いの国道をバイクに乗って上流に遡った映像記録をYouTubeに掲載しました。
魔境、只見
私が稼業としている蕎麦打ちが忙しくなって、久しく早朝のツーリングができなくて悶々としております。
早朝のツーリングで懐かしく思い出されるのは、只見川を柳津から上流の方へ遡っていく国道252号線の景色です。
真夏のまだ暗い時間帯の早朝、徐々に空が薄明るくなるのを眺めながら単車のヘッドライトを頼りに暗がりを走りました。
ダークブルーの色彩が空を染め上げるのに対して、谷を塗って走る国道252号線は真夜中の時間帯に取り残されたように暗いままでした。
単車でひた走る道路のすぐそばを流れる只見川の水面は綺麗な鏡面となって山と空の姿を逆さに映し出し、水面を境に山が上下に生えているように見えます。
会津中川に差し掛かる頃には、見上げる山々の上端を朝焼けの陽光が強烈に照らし始めて、影の部分とのコントラストが鋭く映えて見えました。
清々しい山水の景色の中で幾度も通り抜けることになるスノーシェッドは、庭園に設けられた回廊のように外部の風景と道路とのふたつの領域にささやかな隔たりを添えます。
只見川の最奥部である田子倉湖に臨む六十里越峠を駆け登れば、高所にいくつも設けられたスノーシェッドの連続が、朝霧漂う天空の柱廊を駆け巡る心地を与えてくれます。
田子倉湖の更なる上流に当たる桧枝岐村には奥只見樹海ラインがあります。
ブラインドコーナーと起伏に富んだ大ボリュームの隘路は通る者に覚悟を要することでしょう。
それに見合った醍醐味がこの道にはあるのです。
人里から遠く隔たった険しい山地の奥へと進むほどに心細さが募り、寂寞とした心境を私は感じました。
それでいて断崖の向こうに広がる奥只見湖とそれを囲む山岳の風景は、世界の果てというか人が踏み入るのを拒むような別世界の印象を私の中に強く残しました。
寂しさと美しさという組み合わせの感動は妙な感傷を湧き起こす力があります。
まるで泣ける映画のラストシーンのように、ひっそりとした静かな優しさに心が暖められる思いです。
自然の景色というのが、何故人に感動を与えるのか。壮大な自然の姿が、人の中に眠る何か古い記憶を呼び覚まそうとしているのかもしれません。
私はツーリングでいろいろな所を走る度に思うのですが、道路とはレコード盤に記録された音溝であり、そこを走る人間とはレコードを再生するプレーヤーなのではないかと、そんな考えに囚われます。
題名は只見川。そこに金山や三島などのパートが組み込まれているともいえるでしょう。
今でこそ自動車でならお終いまで辿ることができますが、鉄道では会津川口で途絶えています。
そこから先に向けた前線復旧への試みというのは、忘れてしまった懐かしい曲というか思い出を呼び起こすための回帰となるでしょう。
只見線は50年以上前の廃線勧告に関わらず長きにわたって稼働できました。
それは都市部に経済と人口が集中し、地方が切り捨てられようとする構造への反抗と意地があっただろうと私は見ています。
東に原発あれば、西に水発あり。
田子倉ダムと奥只見ダムという日本でも有数の規模を誇る二つのダムがひとつの水流に存在し、その他にも多数のダムが連なっているということは自然の厳しさと水資源の豊かさを裏付けています。
水資源の豊かさは川の浸食による峻厳な景観をつくり、自然の厳しさは裏返って里山に見出す安らぎの基礎を成します。
山、水、雪という東北絶景の三大元素が織りなす奥会津の秘宝。
そこを走るレコードの針は何を夢見て音を奏でるのか。
奥会津に宿る魅力が呼び起こす東北日本の切ない懐かしさを、この拙文にて分かち合えることができれば幸いです。
月山を登山してきた様子を動画にしてみました。
バイク動画用に使っているいつものゴープロを携帯して、山を登りながら景色を写して収録。この日は気持ちのいい晴天でいい風景を録れたと思います。
去年はコロナの影響で県外への移動自粛が続き、仕事の忙しさもあって断念。この時は二年ぶりの月山神社お参りを果たせました。
大山神社の本殿詣りに行ってきました。
毎年6月中は大山祭りで大山神社は賑わいます。この日は平日でしたが、それでも参拝者は多く、駐車場にもたくさんの車が停まっていました。これが休日なら、さらに参拝者は多く、参道でを歩いていても人とすれ違うのが途切れることがありません。

写真は本殿詣りを済ませてから帰りの道となります。

奥の院の手前にある山小屋は平日は締まっているみたいでした。ここでトイレと食事を期待していたのですが、残念です。


田植えの忙しさを終えてからこの自然に囲まれた参道を歩くとしみじみとしたものを感じます。人工物が一切排除され、森林の中でしか聞こえない独特のノイズに囲まれて、鳥の声や自分の足音しか聞こえない環境というのはそれだけで瞑想している気持ちにさせられます。


参道には至る所にお手製の休憩用の腰掛が用意されてます。今年も不思議なかたちのオブジェみたいなのがちらほら見かけることができました。

いつも締まっているお土産屋さんがこの6月の間は開いてます。本当ならここだけでなく、ここら一帯に連なる民宿には参拝客でごった返して大賑わいだったというのが昔の風景なのだそうです。交通機関が発達しすぎた今ではわざわざ泊まり掛けで参拝にくる人は皆無。大山祭の賑わいに囲まれていても、なにか時代に取り残された寂しさを感じてしまいます。私にとってはそこが好きな所でもありますが。

帰りがけに食堂で遅い昼食を摂りました。山菜蕎麦とところてんです。



最後にお馴染みの唐辛子屋さん。香りが豊かで個人的な好みの一品です。近所の人にも分けてあげるつもりで買い込みました。


この日のオチは猫です。自分の車までたどり着くと野良猫が車の下で休んでました。

物怖じせず、肝の据わった様子でのろのろと出ていきました。人間慣れした年寄り猫なのでしょう。けだるげに振り返ったところを撮らせてもらいました。
今年の田植えも6月に入ってから終わりました。これが終わらないのと終わった後では緊張感が違います。何か肩の力が抜けた気がします。それでも忙しさは終わりません。田植えの後は後片付けと除草剤撒きと草刈りとやらなければならないものが続きます。
とりあえずは、田植え期間に撮りためたものを連ねます。
代掻き中に寄ってくるサギの様子です。5月後半ともなれば代掻きをしているのはうちらだけになり、サギの集中的な来訪を受ける事となります。

動画でも録ってみました。
直播の実証実験。地元の農業普及所と直播機材のメーカーによる支援を受けて天のつぶを作付け。

直播開始から約二週間後には少しづつ芽が出てきた感じです。

代掻き同時直播は稲が列になっていてわかりやすいですが、ドローン直播の方は不規則に生えていてよくわかりません。
小学校の田植え体験指導。会社としての仕事ではなく、部落の活動としての仕事で、小学生たちに昔ながらの手植えを体験してもらいました。
泥の中を素足で入る感触が刺激的だったようで、子供たちはプール開きみたいにはしゃいでました。


いつもながらの慌ただしい業務を延々とこなして5月はあっという間に終わってしまいました。
肉体的にも精神的にも激しい消耗を乗り終えて、田植えを終えたときに感じる達成感はひとしおに感じます。

田んぼの耕運の時期が来ました。ニプロのロータリーは前年の爪交換をしてなかったので純正品を取り寄せて爪の交換作業を行います。
この日は雨で屋内作業にはちょうどいい天候の運びとなりました。

爪交換の固定が甘かったらしく、田んぼ1haほど耕してから爪を確認してみると緩みが発生してました。再び入念な締め付けを行ってから再出発。

耕うんを終えた田んぼに水を満たします。だんだんと代掻き作業が始まります。

今年最後の種蒔き。稲作では一年のうちの短期間のみ稼働して、あとは来年まで使わないという機械が多くありますが、この種蒔き機もこれで今年はお役御免となりました。

動画はこの種蒔き機が稼働している様子を動画に録ったものです。育苗箱に培度と稲の種を敷き詰めています。
種蒔きラインの最後に使っているクレーンは既製品ではない手作りの器具です。

今年の役目を終えた種蒔き機を掃除しています。

稲作農家にとってのお田植三種の神機として挙げるなら、この「種蒔き機」と「トラクター」と「田植え機」が当てはまると言い得るでしょう。
機械化が進んだことによる恩恵の大きさにはいつも圧倒されます。

世間はゴールデンウィークで大賑わい。道の駅の集客も激しく、商品の売れ行きが好調でその補充作業に追われる毎日でした。
生蕎麦のパックもそうですが、写真のフライドソバコも特別栽培米の1kgパックも今までにない販売数を達成して驚きました。

しばらく季節のわりに寒い日が続きましたが、暖かい日が増えてきました。
そば畑では黄色と白色の菜の花が咲き誇っています。

寒すぎず、暑すぎない、春の気持ちのいい時期に入りました。会津盆地を囲む山を見ても、本当に高いところ以外は雪が見えなくなりました。
磐梯山を見ても山頂付近の窪みに白いのが少し見えるだけになりました。
これから地面がむき出しだった田んぼには水が張られて水の景色が広がることになります。
延々と広がる水田の景色と入れ混じるようにぽつぽつと点在する建物や道路がまるで海に浮かぶ孤島と橋の様に見える事でしょう。
それはさながらヴェネチアだかアムステルダムのような水上都市さながらの風景と言っても過言ではないと思います。
それが夏には緑色の海となり、収穫の時期には黄金色の海へと景色は移り変わることとなります。
今年もまた、その移り変わりの始まりの時期を迎える事となりました。

稲の種を撒いた苗箱は三日ほど育苗の為に寝かせて、ある程度芽が出始めてからビニールハウスに平置きします。
この写真に写ってるのが育苗途中の様子です。この真下には電熱線が敷かれていて、電熱線で温めることで芽が育つのを促進させています。

下は芽が出た育苗箱を運んでいる様子です。

トラクターでビニールハウスの中に運び入れています。

ブルーシートを敷き詰めたところに苗箱を並べていきます。



こんなに小さくて簡単に潰せそうな芽が、およそ二十日後には立派な苗に育ちます。それが田んぼに植えられた当初の姿というのもなんとも頼りない弱弱しい印象がするものです。
そんな弱弱しい苗が秋の収穫時期になれば立派に育って穂をつけているのを見たときは、この苗箱の時点で見る小さな芽の姿からでは簡単に想像もつかない気がしてなりません。


地元の観光物産協会のお誘いで道の駅あいづ湯川・会津坂下でのイベントに蕎麦の試食販売として参加してきました。
今回も藤川農産と一緒の出品でしたが、田植えシーズンの繁忙期なこともあり、いつものメンバーでとはいかず、お手伝いさんに協力してもらいながらの出店となりました。
忙しすぎて写真を撮る暇を見つけるのも難しく、この日の記録はこの一枚のみ。
道の駅の中央ホールに会津坂下町と湯川村の両観光物産協会が地元の物産をPRしてます。
来客数はもうゴールデンウィーク入りかと勘違いしてしまうほどの入り様で、この日に準備した生蕎麦パックは飛ぶように売れてしまいました。
試食用の生蕎麦の減るペースもシビアで、蕎麦を茹でる作業は慌ただしいものでした。

次の日の道の駅レストランの蕎麦担当は私でした。農産物コーナーの為にも生蕎麦パックを10パック出荷。こんなに売れるかなと心配しましたが結果は完売。恐ろしい売れ行きで恐れ入りました。もっともっと需要に応えていかなければとの気持ちが逸るのですが、なかなか粉ひきの方が間に合わないのが現状となっております。
稲作にとって忙しい時期に入りました。
5月の田植えに向けて様々な作業を始めなければなりません。
主な準備段階では種蒔きがあるのですが、その他にもいろいろとやることが山積しています。
防草シートを畔ののり面に張っています。夏の草刈りの負担を減らすために去年から始めました。
耐用年数は6年とのこと。去年張ったところを見ると、内部から盛り上がった草の力で杭が抜けてしまっているところが数か所ありました。張ればあとはずっとほったらかしにできるというわけにはいかないようです。
ハウスの整備をしています。本当は屋根のビニール張り作業から始まるのですが、いつも慌ただしく作業をするので写真に残していませんでした。屋根は風が弱い朝の時間帯に多人数で一気に作業します。この写真では草むしりと、でこぼこに固まった地面を平らになるように整地しているところです。
作業中にも冬を乗り切った生き物たちがムクムクと動き出していました。まずはカエル。草むしりで掘り返した土から目覚めてしまったようです。
屋根を張って温かくなったビニールハウスでは早くも毛虫までが動き出しました。
江払いという作業で、水路の掃除をします。
垂れ下がる草を切り、水路内の土などをスコップで掬い取ります。こうして全ての圃場を巡って水路の掃除をしていきます。
4月中旬には種まきを開始しました。
種まきした育苗箱を自作の育苗設備に寝かせて発芽を促します。電熱線を通した台の上に育苗箱を置き、ビニールシートで覆って保温しています。この状態で3日ほど待てば白い小さな芽が覆土から頭を出している事でしょう。
去年の7月の民報サロンには武士道という少々お堅いテーマで書きました。
その次の担当は8月上旬。次に書くのは何か簡単で軽いものがいいなと考えてました。
いつもながら、取り上げるテーマはそのときの気分というか虫からのお告げというか、自分でもよくわからないきっかけで決めていました。
この時も自分の内部で隠れていた意識が沸いてきたというか、空から落ちてきたものを見つけて拾うような気持ちで決めたテーマが「水」でした。
自分の中での水への思い入れとして引き出されるものは、30年くらい前に見た映画「水の旅人」です。

「水」をテーマとした随筆を書くにあたって、まずはその昔見た映画をもう一度見返し、ついでに原作となった小説も読もうと思い立って探したものです。
まず映画のほうは動画配信サービスでの取り扱いは皆無。ドマイナーな先品となればDVDの在庫を問い合わせることにかけてはツタヤが頼みの綱となります。
近場で見つけたのは郡山市。仕事終わりに高速道路を走ってレンタルしてきました。久しぶりに観たときの感想は、記憶の中に残る映画の印象はもっと美化されていた事を思い知って衝撃だった事です。あの個性的な作風は今の自分には合いませんでした。
小説の方はアマゾンで検索しても購入できる状況では無くなっており、図書館の蔵書検索で探しました。いちばん近場で取り扱いがあったのは栃木県那須町の図書館。
休日のツーリングで出かけるにはちょうどいい距離だと思い、バイクで行ってきました。
初めて利用する図書館では利用者の登録作業など少々煩雑な手続きがあります。その事情でその日の図書館の職員さんにはお世話になったのですが、その人とは相性が良くて会話が弾みました。
民報サロンを終え、直接図書館に赴いて本を返却したのですが、いろいろ世話してくれたお礼にと思い、水のお題で書いた民報サロンの記事のコピーを持参しました。
文中の序盤にあるミネラルウォーターを否定する人の意見は、私の以前の職場の先輩の言葉です。自分の中でどうも論破してやりたいお題ではありました。
論破とは言っても記事で書いた結論には正直、無理矢理なところがあるかとは思います。
自販機などでよく見かけるミネラルウォーターの価値についての考査はまだ自分の中で続いてます。
今のところの答えとしては、やはりわざわざ自販機でお金を払って水を買うのは頭が悪いか気取っているのか、それともただの物好きなだけのような気がします。
それでも、あえて水の価値に意義付けするとしたらですが、ただの水にお金を払うのはもしかして宗教なのかもしれないと今のところは考えてます。
現代の怪しい新興宗教ではなく、もっと原始的で敬虔な感情からくる未知への不確定な信頼と表現するのがやっとですが。
そもそもは資本主義に立ち位置を取って語るのが間違いなのかもしれません。
もっとわかりやすい言い方をするなら、水を買う行為はちょうど、神社にお参りに行ってお賽銭を入れるとかお守りを買う行為に似ているという事です。神様の為の初穂料です。
とても綺麗な水を受け取るのに感謝の気持ちを表したいのだけれども、それをお金を媒体にして表すしか手段がないだけ。そんなものなのかもしれません。
駄文はこのくらいにして、ここからは民報サロンに掲載するのに福島民報社に送った文章を掲載します。
5回目の仕事ともなると文字数は規定の数に自然と収まるようになりました。民報職員による訂正箇所もどこだかわからないし、そもそも特に手を加えていないだろうと思います。
水の旅人、雨の旅人
ミネラルウォーターに価値は無いのでしょうか?
ただの水をお金を出して飲むのは気取っているだけだと言う人がいるほど、無理解な人は意外と多いようです。私は何か言い返したい気持ちではありましたが、うまい言葉が見つかりませんでした。
以来、味付けされた飲料水への疑問について考えたり、水の価値についての考査
が絶えません。
そこでふと記憶に浮かんだ映画がありました。もう三十年以上前の作品で、
「水の旅人」と言います。現代の少年が年老いた一寸法師と出会い、成長してい
く内容です。原作となる小説は「雨の旅人」と言います。一寸法師は自分が水の
精であり、自分と同じような存在が他の川のひとつひとつに宿っていると言いま
す。水の精は水源から生まれ、川の流れを下って海を目指す旅を定めとします。
やがては蒸発して死を迎えるのが、水の精としての運命でした。物語終盤では衰
弱した一寸法師を助けるために、少年は彼を川の水源へと運びます。一寸法師は
そこで転生して若返り、再び自分の旅を続けるために少年と別れることになりま
した。
作中、大雨によって山奥で遭難した少年に対し一寸法師が言い聞かせた言葉であ
る「水を受け入れろ」は意義深いものがあります。水の美しさ、水のありがたみ
などプラスの面を踏まえた上で水によっておこるマイナスの面である災害の渦中
にあって水の精が口にするその言葉には、水によって生かされる生物とし
て水の存在のすべてを受け入れるしたたかな思想を感じました。しかもそれをま
だ小さい男の子に悟すという難しさがあるはずのものを、少年は水の精との信頼
関係があってこそそれを乗り越えます。
そのいたいけな従順ぶりと水の精の自己犠牲が見せるクライマックスには、弱
い存在でありながらも力強さを内面に秘めるひたむきな印象にいじらしさがこみ
上がります。作品のラストでは水の精が生まれ故郷である水源を目指しまし
た。その水源という言葉につられて、私には登山の際に見かけた水場の様子が思
い出されます。
山を登るごとに水の流れは弱くなり、木々が絶えて藪や草むらしか育たないほど高いところまで来ると、川だった流れはいよいよ消え入りそうなほどに小さく
なります。さらにさかのぼると岩肌で行き止まりとなり、岩の隙間からほんのか
すかに流れ出ているのが私の知る水源の姿です。この小さな流れひとつひとつに
映画のような水の精が宿っていると思うととても愛おしく思えてきます。本当
に、川のひとつひとつに感情を持った小さな存在が宿っているとしたら、川が汚
れることに対して誰もが無関心ではいられないでしょう。
こうして水(雨)の旅人という作品を振り返って、改めてミネラルウォーター
の価値について考えてみると、私は人工的な添加物にまみれた飲み物というのが、水への冒涜(ぼうとく)のように思えてきました。
何も入ってない、何の変哲もないただの水というものの価値が見えてきた気がします。
水の精からの贈り物はストレートで味わうに限ります。